またまた別れ
一番世話になった叔母が83歳で亡くなった。 危篤の知らせを聞いて、駆けつけている間に・・・間に合わなかった。
歌登という小さな町のお寺で行われた通夜・葬儀。 前日からの吹雪で枝幸の町には流氷が訪れ一番の寒さ。家の鍵が凍って開けられないほど。 そんな中、たくさんの方が別れに来てくれた。
叔母は、小さな町で民生委員や保護司・婦人部長など人のため・町のために働いてきた。自分で美容室も開いていたので私は学校が休みのたびに1週間ほど遊びに行き美容室の手伝いをするのが楽しみだった。
とにかく、人の集まる家で入れ替わりやってくるお客さんにお茶を出しお愛想するのも小学生の私の役目。それが楽しくて、両親から離れ一人で休みのたびにこの家の居候になっていた。叔父は背の低い私を心配してかからかってか、行く度に居間の柱の前に私を立たせ身長を測っては日付を記してくれた。
美容室に働くお姉さんたちは住み込みで、叔母は3食の支度から片付け、洗濯、掃除、客の相手、自分の仕事を娘二人と・・・なので、私も準備や片づけの手伝いが自然だった。
今思うと、「よく気がつくね~」って言われるようになったのは、この家のおかげだと思う。
叔父がなくなってからは一人で暮らしていたけれど、毎年 漬けてくれる いずし や沢庵は私の手元にも届けられ、どうしても誰かの為に何かしなくてはいられない叔母の生き方が大好きだった。
「生と死」 その違いは 何かのために自分で動き何かを残すことができる生の時間と
動くことは出来なくなるけど、誰にも気づかれず見守る時間に変わるのが死 って考えてみた。
叔母は、たくさんの事を私たちに伝え残してくれた。そして、きっとずっと見守ってくれていると思う。
ありがとう。 あなたに伝えてもらったことしっかり受け止めて生きていきます。
猛吹雪の中、帰ってきたけど「がんばれ!」っていわれている気がした。
TrackBack URI : /wordpress/2009/02/26/ththeii/trackback/
コメント (0)