罪深い・・・私
またまた「てんつく」のメルマガから 植松さんの本の一説を紹介され、気づいていたけどやっぱりと悲しいほど反省。
それはね・・・努力について 以下↓
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殺人が罪なのは、人類にとって大切な一人の可能性を奪うからなのです。
言葉で人の可能性を奪うという事も殺人と同じことなのです。
「お前にはできないわ」「それはどうせ無理だわ」
という言葉は、人を殺しているのと同じことなのです。
生きたまま殺しているのです。人はみんな不安です。
自信がないから努力しようとします。
しかし、努力をする前に「無理だわ」「どうせ無理だ」
と言われてことごとく潰されてしまったら、どこにも生きようがないのです。
不安の解消のしようがなくなってしまいます。
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植松さんは、子どもの可能性を大事にしてあげたいっていう思いが大きい。
だから、すべての人の中に力があるから、それを引き出してあげるのが大人の役割やでって伝えてはるねん。
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というメッセージ
4年前 長男 高校受験 第1志望はサッカーもそこそこ強かった公立のT高。が・・・努力大嫌いの彼は(今思えば 努力大嫌いにしたのも 私だったのかも)合格の見込みほぼ無く・・・それでも、目標を変えさせず受験させた。落ちればいいと思った。
そして、私立は?と考えた時、彼は私に振ってきた。「どこがいいかな?」「自分で決めれば」そう言いながらもダメ母の私は、本当はサッカーやりたい!って思っていたのかもしれない息子は私立でも部活の厳しいところは無理!と決め付けて、ここなら大丈夫そう~なんて勝手に決めて勧めていた。結局 本人に考えさせることもなく、でも さも 自分で決めさせたように決めていた。最悪だね~
先日 高校サッカー選手権決勝を一緒に見ていたら・・・「俺も 部活の厳しいところでちゃんとサッカーやりたかったな~。高校時代くらいだ。真剣になれるの。」って つぶやいていた。
もう・・・心の中は「ごめん ごめん ごめん ごめん」の大合唱。追い討ちをかけるようにてんつくメール。
私は彼の可能性をどれほど奪ってきたんだろう。って思って 心の中でごめんなさい。
今、子供たちを見ていて・・・子の子達は何にだってなれる。可能性しかない。なのに、どうしてみんな「やってみよう!」って思わないの?
な~んて思っているけど、自分の子どもにさせていなかったのは自分だった。
母親っていう仕事は 大きいね~ だから「母親は偉大」なんて言われていたんだろうな~昔は。
これからは、彼の 彼らの 背中を 見守るしかないもんね。そんで 許してもらお~
愛してるから 許して!って 心の中で ジャンジャン
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